Gắn bó với một căn nhà mình không sở hữu
Theo dõi cách một trải nghiệm cư trú dẫn đến lập luận về quyền tham gia cộng đồng.
Bài đọc
読んでみよう今の部屋を借りて、もう10年になる。引っ越してきた頃は、仕事が変われば別の町へ移るだろうと思っていた。そのため、近所の行事を手伝うことはあっても、町の将来について意見を求められると遠慮していた。家を持たない自分は一時的な住民であり、ここに住み続ける人たちが決めるべきだと思い、自分から話し合いに参加する気になれなかったのである。
ところが、借りている間にも、この町での生活は積み重なっていた。店の人と顔見知りになり、近所の子どもが大きくなるのを見てきた。使いにくい道も、雨の日に水がたまる場所も知っている。それでも私は、部屋を借りているというだけで、町について話す資格がないように感じていた。その思い込みに気づいたのは、公園のベンチを置き直す相談に誘われた時だった。
相談では、木の下にベンチを集める案が出た。日陰で休めるのはよいが、そこは雨の後、地面がぬれて歩きにくくなる。私は毎朝その公園を通るので、ベンチの一部は地面が固く整えられた通路のそばに置いてはどうかと提案した。近くに家を持つが、今は別の町に住んでいる人が、「時々来るだけでは気づかなかった」と言ってくれた。案は見直され、日差しと歩きやすさの両方を考えた配置になった。家を持っているかどうかでは分からない知識が、暮らしの中で育っていたのだ。
この経験から、地域への関わりを所有の有無だけで考えることに疑問を持った。借りて住む人も、道路や公園を使い、近所の人と助け合い、地域の決定による影響を受ける。もし通路が使いにくくなれば、家を借りているから困らずに済む、ということにはならない。生活を支える場所について意見を持つのは自然なことである。
もちろん、家の修理費を誰が出すかといった問題と、公園をどう使うかという問題では、関係する人の立場は異なる。所有者の負担や責任を無視してよいわけではない。しかし、その違いを理由に、借りて住む人の声まで聞かなくなるのはおかしい。また、長く住んだ人だけに発言を認めるなら、来たばかりの人が感じる不便を見落とすだろう。
この部屋が自分の持ち物になる予定はない。それでも、ここで暮らす時間や人との関係は、確かに私の生活の一部だ。地域について考える場は、家を持つ人だけのものではない。そこで生活する人を、住まいの所有にかかわらず、共に町をつくる仲間として迎えてほしい。
Bản dịch tiếng Việt
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